ささやかな異文化体験 1

ささやかな異文化体験1

2007/5/12(土)


 他国の文化を理解するというのは大変なことである。さやかな体験をいくつか披露したい。

1.スープの飲み方

 スープは音を立てて飲んではいけない。これは私たち団塊の世代が西洋料理に関して最初に学んだマナーであろう。長じてからは、スープを「飲む」は、実は"drink" ではなく"eat"だとも聞いた。しかし、私たちにとって、「飲む」は「すする」である。体についた習慣は感嘆には治らない。

 ところがスープ用のスプーンの形が丸いことに気がついた。いまさらいうまでもないことだが洋食はナイフやフォーク、スプーンなどがたくさん用意されている。スープ用のスプーンは丸いのである。丸いスプーなら横に口を当てれば口の中に流し込むことは簡単にできる。流し込めば音を出さなくてもよい。大発見のつもりでいた。

 ところが、あるとき、この流し込みがうまく行かないことがあった。気がついたら音を立てて吸っていた。その日のスープは熱かったのである。猫舌なので流し込むわけには行かない。防衛本能が働いたよう箸起きである。同じホテルの同じような食事であったが、スープの温度が違ったのである。

 その後、新聞でおもしろい記事を見つけた。熱いスープを出すことは失礼にあたるとのことであった。熱いスープだとすすらなくてはならなくなるのだ。日本では客に出す飲み物は熱くなくてはならない。熱いお茶や味噌汁は音を出してすすらなければやけどをするハメになる。

 音を立てて啜るか、流し込むかは、スプーンの形でではなく、提供される飲み物の温度と深く関わる問題だったのである。


2.デザートの甘さ

 ディナーの後にデザートが出てくる。ケーキ類が多く出されるが、この甘さには閉口している。最近はこちらが予算をケチったせいか、果物が使われることが多い。最近は変わったのかも知れない。

 この健康志向の時代なのに、シェフは何を考えているのか。そのときは、出されるたびにそんなことを考えていた。しかし、事は簡単ではなかった。デザートの甘さには深いわけがあったのだ。ナポレオンがヨーロッパの覇権を握ろうとして大陸で戦争をはじめたとき、イギリスは開港して経済封鎖に踏み切った。

 経済封鎖には砂糖の禁輸も含まれていた。当時砂糖はサトウキビのみから生産され、その生産と交易はイギリスに握られていた。幸い、その頃砂糖はヨーロッパ大陸でも生産可能な甜菜(てんさい 砂糖大根)から生産する技術のめどもついていた。やがて、フランスも砂糖の入手が可能になった。

 しかしながら、砂糖の不足した時代の心理的なショックがよほど大きかったらしく、その後のケーキ類が異常に甘くされることになった、というのである。町のケーキ屋さんのケーキが甘さを控えめにするようになった後も、ホテルのケーキの甘さが代わらなかったのは、甘さがフランス料理の伝統と深く結びついていたのかも知れない。