100中国-20大乗の戒律

12-01 仏教の食肉禁止

12-01 仏教の食肉禁止 2006/4/1(土) 肉食の禁止は、小乗仏教の戒律にはなく、大乗仏教の戒律にのみある。この間の事情は必ずしも明らかではないが、以下に関係する二つの文章を引用する。 梁の武帝(在位 502~549)は、儒学、文学の面においても勝れた学才…

12-02 道安と戒律・禅観法

12-02 道安と戒律・禅観法 2006/10/25(水) 前秦(351~394年)の符堅(在位357~385年)の命を受けた将軍呂光(りょこう)が西域のオアシス国家亀茲国(きじこく)を攻め、鳩摩羅什(くまらじゅう 344~413年)を確保したのが386年。しかし、そのとき、前秦…

12-03 「戒律」の考え方

12-03 「戒律」の考え方 2006/11/6(月) 四世紀末、戒律は、道安などによって翻訳されたものがあったとはいえ、まだまだ不足しており、戒律の実践も極めて不完全であった。そこで、こうした状況を嘆じた東晋(317~420年)の僧法顕(337?~422?年)は、経と…

12-04 『南海寄帰内法伝』に見るインド仏教

12-04 『南海寄帰内法伝』に見るインド仏教 2006/11/8(水) 義浄(635~713?年)は七世紀にインドに求法の旅をした(671~695年)。義浄は帰国後、持ち帰った文献を翻訳した。『金光明経』(こんこうみょうきょう)や『根本説一切有部毘奈耶』(こんぽんせつ…

12-05 インドの大乗仏教と戒律

12-05 インドの大乗仏教と戒律 2006/11/8(水) 大乗仏教は、経典の膨大な量とその内容(教義と説話)の豊富さにもかかわらず、ことインドに関する限り、教団としての実態が定かではない。つまり、新しい経典があり、そこに信仰の対象としての諸仏とその利他の…

12-06 中国大乗の戒律

12-06 中国大乗の戒律 2006/11/8(水) 四世紀末、戒律は、道安などによって翻訳されたものがあったとはいえ、まだまだ不足しており、戒律の実践も極めて不完全であった。そこで、こうした状況を嘆じた東晋の僧 法顕(337?~422?年)は、経と律とを求めてイ…

12-07 中国仏教と偽経

12-07 中国仏教と偽経 2006/11/24(金) -偽経の積極的意味- ■ はじめに 偽経(疑経)とは、インド伝来の原典から翻訳されたのではなく、中国人が自ら撰述した経典群のこという。中国の仏教の歴史をみるとき、この偽経の問題については、より肯定的、積極的…

12-08 律典の伝来と梵網菩薩戒

中国への律典の伝来と受容の経緯はほぼ以下の引用の通りである。しかし、律典の伝来が五世紀初めに集中しているのは偶然ではない。多くの禅観経典もまたこの時期に集中して伝来している。 五世紀初頭に、鳩摩羅什が一大漢訳事業により「中観仏教」を中国にも…

12-09:戒律から「清規」へ

出家して比丘になることは具足戒を受けることに他ならない。その証明が中国にあっては度蝶(どちょう)と呼ばれる免許状で、許可なく出家した私度僧(しどそう)と区別するために絶えず携行することを義務づけられていたが、もともと守ることがほとんど不可…

12-10:清規と葬礼儀式

八世紀末の禅僧、百丈懐海(ひゃくじょうえかい)は「百丈清規(しんぎ)」という僧院の制度を定め、率先して労働に励んだ。『祖堂集』「百丈懐海章」によれば、百丈が毎日ほかの僧に率先して働くので、農作業の責任者が見るに忍びず、農具を隠して休ませよ…