欧米心理学と仏教

 

■1950年代後半の仏教、特に禅と精神分析の対話の第一の盛り上がり    

 仏教と精神分析の直接の対話は、一九五〇年代後半において最初の盛り上がりを見せた。これは、禅思想を英語で紹介し続けてきた鈴木大拙の存在と働きなしには考えられない。それゆえ、精神分析の対話の相手は、仏教でも特に禅となる。この時期に三つの重要な出来事が起こっている。

 第一の重要な出来事は、1957年にエーリッヒ・フロムが、メキシコはクェルナヴァーカに鈴木大拙とリチャード・デ・マルティーノを招いてシンポジウム「禅と精神分析」を行い、その翌年にはこれが日米で書物として刊行されたことである。
 第二の重要な出来事は、1958年に久松真一アメリカでの講演の帰途、ユングを訪問して会談を持ったことである。
 第三の重要な出来事は、京都大学教育学部の教授で、自ら禅を実践していた佐藤幸治が、東西の心理学の交流を目指した『プシコロギア』という英文雑誌を、1957年に創刊したことである。

 

人間性心理学からトランスパーソナル心理学

 1960年代後半から70年代前半にかけてのベトナム戦争、対抗文化運動を通じて、アメリカにおいて既成の価値観が問い直された。それは心理学の世界においては、ロジャーズやマズローに代表される人間性心理学、あるいは人間潜在能力運動として展開し、アメリカの市民生活にもかなりのインパクトを与えた。

 それは、従来アメリカで支配的だった行動主義と精神分析では覆い隠されてきた人間の主体性(主観性)、自由、成長、選択、本来の健康を心理学の理論と実践のテーマとして取り戻す運動であった。当然のことながら、東洋思想に対しても開かれていた。その心理学にとっては、東洋思想は克服すべき伝統的宗教ではなく、自分たちのアプローチの真実性を印象づけてくれる共鳴板であったのである。

 1970年代末から1980年代前半にかけて、内外から人間性心理学に対する批判が起こるとともに、人間性心理学は多様な展開を遂げるようになり、その新しい展開の一つとしてトランスパーソナル心理学が起こってきた。それは、言うならば、西洋心理学と東洋的霊性を創造的に融合し、あるいは心理学に霊性を回復させる運動である。

 これには、東洋の霊性(禅、チベット密教、テーラヴァーダ仏教の瞑想、特にヴィパッサナー、ヨーガ、太極拳、気功など)の指導者がアメリカに渡ってアメリカ人を指導したこと、アメリカ人が逆に東洋に来てそれらの修行をして、帰国後アメリカの風土と文脈にマッチした仕方でそれらを展開させたこと、といった宗教者側の事情が背景にある。しかし、霊性運動のアメリ深層心理学と仏教的な特徴は、それが心理学と密接に連動していることである。

 

深層心理学と仏教の対話の第二の盛り上がり  
 1990年代になって、1950年代後半に蒔かれた種がようやく実を結びつつある。それは心理療法を受けるクライエントの臨床像の変化とそれに対応する治療目標と心理学理論の変化を背景にしている。
 今日の患者の主要な問題は、特殊な精神障害であるよりも、むしろ現在のような社会に住んでいる人間なら、程度の差はあれ誰でも抱えているという意味でありふれているが、人間の本質に関わる深刻な問題である。すなわち、空虚感、無意味感、生き甲斐の喪失、倦怠感、自意識過剰、他者からの評価への心配などである。そして、治療目標は社会適応や自我の強化よりも、むしろ意味の探求、自我へのとらわれからの自由、他者や自然との絆の回復などに変化しつつある。心理学の理論もそれに対応するものになろうとしている。

 ただし、その一方で特に90年代後半になると、人々の世俗的な自己利益の追求や、遺伝子の発見とその操作に見られるような決定論的な考え方の浸透、医療の合理化、宗教的右翼の巻き返しなどを背景にして、バックラッシュが起こり、一人の患者にじっくりと時間をかけるタイプのセラピーは次第に時代遅れのものとされつつある。ユング心理学トランスパーソナル心理学はもちろんのこと、フロイト派の精神分析でさえそうなのである。

 仏教に対する心理療法家の関心の高まりは、心理学と精神医学において心理療法的なエートスが失われつつあることに関する危機意識を背景としているのかもしれない。いずれにせよ、90年代に入ってから、深層心理学と仏教の対話は第二の盛り上がりを見せている。その現れはもちろん出版に見られ、重要な書物が続々と出版されている。著者は、大ざっぱにいって研究者と臨床家に分かれる。
 臨床家はたいてい同時に仏教の瞑想をも長年実践している。今日ではもっともポピュラーな本(Epstein 1995)の著者である精神分析家のエプスタインは、ヴィパッサナを主として実践してきている。

http://www5d.biglobe.ne.jp/~shojimur/depthpsychologybuddhism.htmlより、抜粋引用

2013/9/23(月)