鉄器の普及と地獄の様相

鉄器の普及と地獄の様相

2013/8/25(日)

 

 紀元前12世頃に成立したとされる最初期のヴェーダである『リグ・ヴェーダ』が理想とする人間像は、現世の享楽を楽しみ百歳の長寿を保った後、死の道を発見したヤマの楽園世界において死後、祖霊と楽しく交わるというものである。善人とは逆に悪人は、地底の深部にある暗黒の牢獄に落ちる。

 紀元前8世紀頃に成立したとされる『ジャイミニーヤ・ブラーフマナ』と『シャタパタ・ブラーフマナ』とは「ブリグの地獄遍歴の物語」を伝えている。この世で樹木を切り刻んでいた者、喘き叫ぶ家畜を煮焼きする者、黙して米、麦を煮る者が、あの世において逆に人間の姿を取った相手に切り刻まれて食べられる等という報いを受けるのである。

 それが、『スッタ・ニパータ』という仏教の経典になると、表現は詳細になる。『スッタ・ニパータ』は最初期に分類される経典である。

 667 (地獄に墜ちた者は)、鉄の串を突きさされるところに至り、鋭い刃のある鉄の槍に近づく。さてまた灼熱した鉄丸のような食物を食わされるが、それは、(昔つくった業に)ふさわしい当然なことである。
 668 (地獄の獄卒どもは「捕えよ」「打て」などといって)、誰もやさしいことばをかけることなく、(温顔をもって)向ってくることなく、頼りになってくれない。(地獄に墜ちた者どもは)、敷き拡げられた炭火の上に臥し、あまねく燃え盛る火炎の中に入る。

 669 またそこでは(地獄の獄卒どもは)鉄の網をもって(地獄に墜ちた者どもを)からめとり、鉄槌をもって打つ。さらに真の暗黒である闇に至るが、その闇はあたかも霧のようにひろがっている。
 670 また次に(地獄に堕ちた者どもは)火炎があまねく燃え盛っている鋼製の釜にはいる。火の燃え盛るそれらの釜の中で永いあいだ煮られて、浮き沈みする。

 673 また鋭い剣の葉のついた林があり、(地獄に墜ちた者どもが)その中に入ると、手足を切断される。(地獄の獄卒どもは)鉤を引っかけて舌をとらえ、引っ張りまわし、引っ張り廻しては叩きつける。
 674 また次に(地獄に墜ちた者どもは)、超え難いヴェータラニー河に至る。その河の流れは鋭利な剃刀の刃である。愚かな輩は、悪い事をして罪を犯しては、そこに陥る。
   (第三章 大いなる章 第十節 コーカーリヤ 紅蓮地獄)より引用

 この地獄の様相には「鉄の時代」が色濃く反映されている。ブッダの出た時代は鋼鉄を製造する技術が確立し、鋭い刃の武器や農器具などの鉄器が普及した時代である。人々は都市や農村のあちこちで鍛冶職人が仕事をする風景を日常的に見ていたと思われる。

 この鉄器の急速な普及が作り出した社会が、ウパニシャッドの哲学、六師外道、そしてブッダの登場を促したと考える。