32-04 「転輪聖王」の登場と経典

32-04 「転輪聖王」の登場と経典

2006/7/19(水)


■ はじめに
 アショーカ王の時代に第三結集がなされる。今日、スリランカや東南アジアのタイやミャンマーに伝えられている小乗仏教上座部仏教)の経典はこのときの結集によって整理されたものである。この頃になると仏伝もさらに増広されてゆく。仏塔の荘厳だけでなく、物語としても語り伝えられるようになったのだろう。その仏伝の中に「転輪聖王」(てんりんじょうおう)という言葉が現れてくる。


■ 占夢と「転輪聖王

 仏陀となる最後の生涯を前にして、兜率天(とそつてん)に菩薩として生まれ、神々を教化しながら地上に下る時が熟すのを待つ。仏陀の出現に最も適した場所と時期が選ばれ、菩薩が示された国土についての六十四、母についての三十二の条件の適ったのが釈迦族の浄飯王(じょうばんおう)の治める迦毘羅衛(かぴらえ)と浄飯王(じょうぼんおう)の妃 摩耶夫人であった。

 その時、夫人は眠ったまま、そのことを夢に見ていたといわれている(托胎霊夢)。このことを聞いた浄飯王はアシタ仙人などの婆羅門に夢を占わせた。仙人は「王子を懐妊した印で王位を継がれれば転輪聖王(世の中を支配する王)となられるであろうし、出家すれば仏陀となられるであろう」と答えたという。


■ 火葬の方法、ストゥーパ建立と「転輪聖王

 『大般涅槃経』には次のように描かれている。

 さらにアーナンダは、修行完成者の遺体に対して質問をしますと、仏陀は出家者には「遺骨の供養(崇拝)にかかずらうな」と修行に専念するようにさとし、如来に対して特に深い崇敬の念を懐いている賢者たちが王族やバラモン資産家などの中にいるので、彼らにまかすように指示します。またアーナンダが遺体の取り扱いについて質問すると、「世界を支配する帝王(転輪聖王)の葬法にならって扱うがよい」とし、具体的には、――

 アーナンダよ。世界を支配する帝王の遺体を新しい布で包む。新しい布で包んでから、次に打ってときほごした綿で包む。打ってときほごした綿で包んでから、次に新しい布でもって包む。このようなしかたで世界を支配する帝王の遺体五百重に包んで、それから鉄の油槽に入れ、他の鉄の油槽で覆い、あらゆる香料を含む薪の堆積をつくって、世界を支配する帝王の遺体を火葬に付する。そうして四つ辻に、世界を支配する帝王のストゥーパをつくる。アーナンダよ。世界を支配する帝王の遺体に対しては、このように処理するのである。

 アーナンダよ。世界を支配する帝王の遺体を処理するのと同じように、修行完成者の遺体を処理すべきである。四つ辻に、修行完成者のストゥーパをつくるべきである。誰であろうと、そこに花輪または香料または顔料をささげて礼拝し、また心を清らかにして信ずる人々には、長いあいだ利益と幸せとが起るであろう。

 こうした方法でストゥーパ(塔もしくは塚)をつくって拝むに値するのは四種の人々で、その四種とは『如来、尊敬されるべき人、正しいさとりを得た人』、『独りでさとりを得た人(独覚)』、『如来の弟子(声聞)』、『転輪聖王』であり、どういう理由でストゥーパの建立に値するかというと、――

 「これは、かの修行完成者・真人・正しくさとりを開いたひとのストゥーパである」と思って、多くの人は心が浄まる。かれらはそこで心が浄まって、死後に、身体が壊れてのちに、善いところ・天の世界に生れる。
 また『独覚』『声聞』『転輪聖王』についても同様であることを述べられます。

 

■ 仏陀転輪聖王のパラレルな関係

 「王位を継がれれば転輪聖王となられるであろうし、出家すれば仏陀となれるであろう」
 「世界を支配する帝王(転輪聖王)の葬法にならって扱うがよい」
 「世界を支配する帝王の遺体を処理するのと同じように、修行完成者の遺体を処理すべきである」

 この「占夢」の表現の意味するところは大きい。ここに見られるのは、仏陀転輪聖王をパラレルな関係において認識していることである。「三十二相八十種好」というのは本来「転輪聖王」のイメージとして成立していたものである。釈迦を転輪聖王に比すうちに、釈迦のイメージも転輪聖王にならって形成されていったのである。釈迦像は仏像として表される前に、抽象的なイメージとして成立していたのである。

引用・参照文献
・田中義恭編著『仏像の世界』CD-ROM版
 http://members.ytv.home.ne.jp/nejyoho/mihon.pdf