32-11 最古の仏像

32-11 最古の仏像

2006/8/17(木)


■ 仏像制作の始まり

 仏像はクシャン朝の時代、西暦一世紀の頃、西北インドガンダーラと中インドのマトゥーラの地で制作されはじめた。クシャン朝の版図はこの時代、ガンダーラを中心に北は中央アジア・西域の一部まで、東はインドの中央部まで広がっていた。ガンダーラはインダス河の上流で、現在のパキスタンペシャワール付近を中心とする一帯、マトゥーラはガンジス川の支流、ヤムナー河沿いの中インド北部中央付近である。

 仏像はこの離れた二つの地域で造られ始めた。二つの地域で同時に始まったのか、一方が先行し他方がその影響を受けたのか、いまだに定説はない。ガンダーラで作成された仏像には、写実性、彫りの深い眉などにギリシャ彫刻の影響が見られる。さらには、仏像とともに、アレキサンダー大王やヘロドトスの像が彫りこまれている場合もある。ガンダーラ仏の多くは緑片岩を材料としているが、緑片岩はきめ細かい材質で細部にいたる写実的表現を可能にする石材である。

 
■インド系金貨の最古のブッダ

 現在、確認できる最古のブッダ像は、アフガニスタン北部のティリヤ・テペ古墳から出土した、インド系金貨に表されたものであろう。その金貨には、法輪に手をかけて廻すゼウスもしくはへラクレスのような姿の人物像が表され(尻尾があるように見えるが、左肩から掛けている獣皮が垂れ下がっているのだろう)、カローシュティー文字で「法輪を廻す者」という銘が刻まれている。銘から見る限り、ブッダ像に相違なく、おそらく一世紀初め頃にまで遡る、人体像で表された最古の仏像といえる。

 この金貨の裏には獅子と三宝標が表され、「畏れを追い払う獅子」という銘があり、仏陀の象徴的表現をとっている。この金貨は類例のないユニークなものであるが、ブッダを百獣の王たる獅子に見たてたり、輪宝を転ずる世界支配者たる転輪聖王のイメージとダブらせたりしている点が興味深い。ブッダは修行の末に菩提樹の下で深い瞑想に入り、悟りを得たといわれるが、ここでは法輪を廻す者として、精神的な世界支配者の性格が強く現れているといえよう。

 仏像の誕生は、人々に平和と豊かさを保証してくれる理想的な王者である転輪聖王のイメージをもとに、精神的な救い主としての仏陀のイメージが強く求められた結果ではなかったろうか。

引用・参照
・宮治昭 『仏像学入門』 春秋社 p24