32-06 ジャータカ(本生譚)について

32-06 ジャータカ(本生譚)について

2006/7/22(土)


 ジャータカとは、本生譚と訳されるように、仏陀の前生の物語である。わずかな例ではあるが仏陀以外のものの前生の物語を指すこともある。仏陀が現生において覚者になったのは、無数の過去世において、ありとあらゆる種類の善行を行い、功徳を積んだからであると考えられた。仏陀の生前の物語は仏伝という。

 仏陀の前生の物語を作る場合、当時民間に流布していた興味深い伝説や寓話の類を利用した。それらの物語の中で、前世における釈尊は、ボーディサッタ(菩薩)とかマハーサッタ(摩訶薩、大士)と呼ばれた。仏陀の前生物語がバールフトやサンチーの仏塔の玉垣の浮彫に見られることから、ジャータカという文学形式の原形は、紀元前三世紀ごろにすでに成立していたと推定できる。

 一般にジャータカというと、パーリ語で書かれた南伝のジャータカを指す場合が多い。このパーリ語のジャータカは、後世になってジャータカを集大成したものの一つである。現在残っているジャータカ集の中で最もよくまとまっている膨大な文献で、二二篇五四七話の前生物語を含んでいる。

 日本語による全訳も、『南伝大蔵経』(第二十八巻~三十九巻)に収められている。その他、必ずしもジャータカとは呼ばれないが、また必ずしもジャータカの形式を具えてはいないが、パーリ語のジャータカと対応する前生物語が、サンスクリット語の仏教文学作品や、漢訳諸仏典の中に伝えられている。これらは北伝のもので、パーリ語のジャータカと同じ内容のものも多いが、伝承を異にする場合もあり、パーリ所伝の五四七話に全く含まれないものも見出される。

参照・引用
中村元 『仏教経典散策』東書選書より