33-05 バーミヤンの写本2

33-05 バーミヤンの写本2

2006/9/22(金)


3 説一切有部『長阿含』のギルギット写本

 1997年11月、スコイエン・コレクションを最初に訪ねた帰途、ロンドンのディーラー、サム・フォッグにおいて筆者は、2週間前にパキスタンから届いたばかりという樺皮写本の束を目にした。一葉の大きさは縦10センチ、横50センチメートルほど。癒着した10数葉ずつの3束に分かれ、全部で50葉ほどはあった。各葉の両面に梵語で仏典が書写されていた。文字はギルギット・バーミヤン第2型。これは我が国に伝えられた悉曇文字の原型でもある。数枚の写真を撮った後、しばらく束の上下の数葉を読んでみると、北インドに栄えた説一切有部教団(Sarvastivadin)の伝える『長阿含(Dirgha‐agama)』の一部であることが分かった。漢訳大蔵経に残る『長阿含』は法蔵部教団(Dharmaguptaka)が伝えたものであり、説一切有部のそれは漢訳されていない。

 帰国後、東京の日仏交易社(現歐亜美術)の栗田功氏のもとに、同じ束の上部の一葉を写したサンプル写真がパキスタンより届いていることを知った。氏によると、これはアフガニスタンではなく、パキスタンの実効支配するギルギットの洞窟で蜂蜜ハンターが発見したらしい。東海大学の定方晟教授がその写真を見て一文を発表している(『大法輪』平成11年1月号)。その後、写本自体はスコイエン氏ではなく、ワシントンの匿名のコレクターに引き取られ、筆者の手の及ばない所に行ってしまったかに見えた。しかし幸運にも写本は米国ボルティモアのウォルターズ・アート・ギャラリーに依託保存され、その研究と出版は我々スコイエン・コレクションの研究グループに依頼されることになった。本年4月中旬、筆者の許にも保存処理の終わった写本の写真がギャラリーより届けられた。写真には48葉の樺皮写本と、付属する断片約100点が原寸大で撮影されていた。まだ詳しくは見ていないが、これら48葉は『長阿含』の後半部分のいずれかの箇所をカヴァーすると思われる。

 さらにこれに先立つ3月初旬、再びオスロからの帰途,ロンドンの別のディーラー、マーク・アーロン氏のギャラリーにおいて筆者は,同じ写本の別の部分に遭遇した。そこには癒着した10数葉の束5つ(80葉ないし100葉ほど)と、30センチ角の箱一杯に詰め込まれた多数の断簡が認められた。価格はアーロン氏の手数料を入れて日本円にすると4000万円!とのことであった。その場で半時間ほど読み、さらに帰国後筆者が写してきた各束上下の写真で確認したが、その中には『四衆経(Catusparisatsutra)』の中程(Waldschmidt ed.,§27a)から最後まで,さらにそれに連続して『大本経(Mahavadanasutra)』のほぼ全文が含まれていることが判明した。つまりこれは両経を含む有部(あるいは根本有部)『長阿含』の第1章「六経品(Satsutrikanipata)」の、まさにその箇所であった。『四衆経』と『大本経』のヴァルドシュミット校訂本中の欠落したり復元不全な箇所も、今後これを見ればすべて判明するはずである。

 もしギルギットで『長阿含』の完全な写本が発見されたのだとすれば、全体で500葉以上はあったはずである。いくつかに分割されて売り飛ばされたのであろうか。では残りは一体どこに。それらが近日中にマーケットに現れる可能性は高いように思われる。なお、数日前のアーロン氏からの連絡では写本は売れたとのことであったが、購入者は知らされていない。いずれにしても、これは現存する唯一の貴重文献である。仏教研究にとってその価値は計り知れない。購入者が誰であれ、現在の、さらに未来の購入者によってそれらが研究者に公開されることを願わずにはおれない。