31-10 大乗教典の成立の概略

31-10 大乗教典の成立の概略

2006/9/13(水)


 大乗仏教が成立したのは中国においてであると考えるが、経典の多くはインドで作成された。インドにおける、大乗経典の成立の経過を概観しておこう。

 先ず、初期大乗経典といわれるものが一世紀頃に成立する。『般若経』、『維摩経』、『法華経』、『無量寿経』などである。龍樹は三世紀の頃にこれらの初期大乗経典から、空の理論を体系化し、中観派の基礎を作る。

 その後、中期大乗経典といわれるものが成立する。『勝鬘経』、『涅槃経』、『解深密経』、『大乗阿毘達磨経』などである。五世紀に無着、世親兄弟によって瑜伽行唯識学派が生まれる。

 さらに、後期大乗経典といわれるものが成立する。『楞伽経』、『大乗密厳経』などである。六世紀になると、大乗経典の中にも密教の萌芽が見られる。

 大乗経典の成立の時期について漢訳の時期も重要であるので少しふれておきたい。中国に最初に入ってきた経典は小乗仏教系のものであった。安世高(あんせいこう 生没年不明)が後漢桓帝(在位146~167)治世の初めころ洛陽にいたり、次の霊帝(在位168~189)の時代にわたる約20年間、もっぱら経典の漢訳に従事した。訳出経典は,『四諦経』『転法輪経』『八正道経』『安般守意経』など34部40巻に達したといわれる。

 支婁迦讖(しるかせん 147~186年)は、後漢の147年(建和1)洛陽に来て、初めて大乗経典を漢訳した。安世高とほぼ同時代である。179年から184年にかけて、『道行般若経』『般舟三昧経』『首楞厳経』などを訳出した。訳出仏典の中でもっとも重要なものが『道行般若経』で『小品般若経』の異訳であり、般若経典類最初の訳出である。また、『般舟三昧経』の訳出によって、初めて中国に阿弥陀仏が紹介されたことも、中国仏教にとって大きなエポックであった。

 中国のでの漢訳の時期、龍樹の論書に引用されていることなどから、初期大乗仏経典といわれる一群の経典が、一~二世紀にすでに成立していたことがわかるのである。