200-25-01 「幽玄」と力強さ

 

 数年前、有名な観世流能楽師の津村礼次郎先生のお話を聞く機会がありました。そのとき、「幽玄」というのはどういうことでしょうかと、お聞きしたことがあります。今から思えばずいぶん大胆な質問だったと思います。しかし、すかさず「力強さです」という答えをいただいて驚きました。

 その少し前から、謡曲の稽古を始めていました。能のもつ様式美や謡曲のどこか懐かしさを感じさせる発声、「幽玄」の雰囲気に惹かれたからです。後から知ったのですが、謡曲の声は「亡憶の声」という表現があるということです。しかし、稽古を始めてみると、自分のもっていたイメージとのとのギャップに驚きました。

 稽古は京都在住の観世流能楽師の先生にしていただいています。稽古の最初は、節よりも発声の訓練に主眼がおかれ、音域を広げるために裏声になりかかるような高い声と腹の底から一杯の声を出すことを要求されました。傍から見ればガチョウが悲鳴をあげているような声だったと思います。

 先生は、「お座敷芸に堕してはいけない」と常におっしゃっておられ、力強い謡曲を志向されているようでした。私には謡曲の発生は独特の「しぼった」声という先入観がありました。稽古のときに声をしぼったりすれば、たちまち「もっと素直に謡いなさい」といわれます。いつになったら、「らしい」声が出るようになるのか、ほとんど絶望的な気持ちで稽古をしていました。

 腹に力を入れれば、「腹を膨らませばよいというものではない」、そのうちに「声は背中を使って出しなさい」とか、「声がでかけりゃよいというものではない」とか、叱られ方に進歩?が見え始めました。結局力を抜いて気を入れなさいということでしょうが、これが理屈どおりにゆかない。発表会の録音テープを後から聞くと力が入って上ずった声になってしまっています。そうかといって、力を抜くと気まで抜けてしまいます。

 そんなときに上記の出会いがあって、さっそく質問したのです。滋賀県浅井町にある浅井能楽資料館でのことでした。浅井能楽資料館は 山口憲さんという方が能衣装の復元のために作られたものです。資料館ができて間もない頃新聞で知って訪問してからの付き合いです。「保険の広場」にも紹介のコーナーがあります。

 山口さんは「幽玄とは美の極致である、といってよいのではないか」とおっしゃっていました。また、国際性を秘めているともおっしゃっています。能装束の美には、ギリシャペルシャの影響、インドや中国の影響をも濃く受けていて、能装束の美は単に日本的な美の粋を超えている、とのことでした。

 能というのは日本文化を代表する芸能です。2001年には世界文化遺産にも登録されました。その能が「力強さと美の極致、国際性」という、従来の私たちが考えていた日本文化に対するイメージとはずいぶん異なる側面をも有するということは興味深いことであると考えます。

「浅井能楽資料館」については下記をご覧ください。
http://www.e-hiroba.co.jp/noh/noh7500.htm