17-05 弥勒信仰の変質と疑経

17-05 弥勒信仰の変質と疑経

2007/4/25(水)


 弥勤信仰を変質させた疑経のひとつに『法滅尽経』がある。釈迦の教えが滅びようとするときのありさまを語った経典である。その描写がたいへんリアルなため、いくつかの仏教文献に引用された。そのため、古くから疑経と見なされながらも、今日まで伝えられてきた。敦煌からも写本がひとつ発見されている。五世紀の終わりか六世紀のはじめに、おそらく北魏で作られたものだろう。

 『法滅尽経』の冒頭で、釈迦は次のように語りはじめる。
 
 「わたしが死んでからしばらくすると、わたしの教えは滅びようとする。そのとき、五つの悪行が世の中をけがし、悪魔がさかんに活動する。悪魔は僧侶に化けて、わたしの教えを乱すだろう。彼ら魔僧どもは俗人の服を身にまとい、あるいは色とりどりのきらびやかな法衣を着てよろこぶ。酒を飲み、肉を食らい、命あるものを殺して美食にふける。いつくしみの心などどこにもなく、おたがいが憎みあい、そねみあう。」

 ここに「五つの悪行」とあるのは、母を殺し、父を殺し、聖者を殺し、仏陀を害し、教団を分裂させるという五つの重罪である。教えが滅びそうになるとき、こんなとんでもない悪行まで横行するようになるのだ。

 教えが滅びることを「法滅」という。『法滅尽経』は末法思想が中国にもたらされる前に作られた。だから「末法」ということばも、そういう考えかたも出てこない。いきなり法滅へとつき進む。

 法滅のとき、僧侶はむやみと豪華な袈裟を着たがるそうだ。だれの地位が上か下かでおおさわぎして、嫉妬に狂うという。しかし、そんな中にも、修行にはげむ人々はきっといる。人々に信心を起こさせるような、立派な修行者だっているのだ。「法滅尽経」にもそれはちゃんと書いてある。でも、そういう人々は坊さんたちからねたまれる。それもちゃんと書いてある。

 魔僧どもは修行にはげむ人々をねたみ、悪口を言い、欠点をあげつらう。彼らを追い出して、寺に住むことができなくする。魔僧どもは金目のものばかりためこみ、徳を積もうとなどしない。下僕を売りさばき、田をたがやして種をまき、山林を焼きはらう。下男を僧侶にさせ、下女を尼僧にさせる。道徳心などどこにもなく、その淫乱なさまは男も女も変わりがない。仏の教えを軽んじさせるのは、すべてこういった者どものせいである。

  税金のがれのために、僧侶になる者がいることも指摘されている。もちろん僧侶になったところで、まともにお経をとなえるわけがない。かってに省略し、強引な解釈もなんのその。そのくせ、わかったような顔をして、えらそうにしている。たっとい僧侶のように人には思わせ、供養ばかりのぞんでいるという。

 仏教が成立してから多くの時をへだてた時代にあって、このような危機感をいだく人々がいたことは想像できる。五世紀なかばに、中国仏教の歴史における最初の弾圧をこうむった北魏仏教徒にとって、これは深刻な問題であったろう。数年のちにようやく弾圧はおさまるが、それからわずかな年月しかたたないうちに、またもや僧侶の堕落がはじまったのである。

 このような状況の中で、法滅を説く経典、法滅の危機を警告し、警鐘を鳴らそうとする経典、さらには法滅の危機からの脱却をめざす経典が翻訳され、あるいは中国人自身の手によって作られた。そこでは、僧侶の堕落と教団の危機がテーマになっている。

参照・引用
・菊地 章太 『弥勒信仰のアジア』大修館書店