41-23 莫高窟の白衣仏

41-23 莫高窟の白衣仏

2006/11/28(火)


■ 莫高窟の白衣仏

 莫高窟の初期の時代の中心柱窟のうち、奥の部屋の西壁に涅槃像が描かれているのは、第428窟のみである。キジルの中心柱窟の奥壁に涅槃像が安置されているのとは大きな違いがある。北魏の造営とされる第254窟、第263窟、第431窟、第435窟、西魏の造営とされる第288窟の中心柱窟のいずれの奥壁(西壁)には白衣仏が描かれている。

 中心柱窟が修行のために用いられたのか、用いられたとして一体どんな修行方法であったのか、を調べているうちに白衣仏に出会うことになった。

 中心柱窟は、窟内の中央やや後方に方柱を設ける窟で、東の入り口から中心柱に至る窟前部の天井は屋根裏をかたどり、中心柱を含む後部は平天井とする。周壁には一般に最上部にバルコニーと奏楽天人、最下部に薬叉(やくしゃ)が窟内を一周するかたちで描かれ、残る壁画には龕(がん)を穿って塑像を安置するほか、仏説法図や仏伝図等を描いており、それらの間を千仏図で埋めつくしている。

 莫高窟においては、北魏時代の造営とされる計十二窟のうち十窟が中心柱窟で、北魏における窟形式は中心柱窟が主流であったといえる。その後の西魏時代には計六窟中、中心柱窟は二窟となるが、白衣仏図が西魏においても中心柱窟にあらわされていることは留意しておく必要がある。

 窟内における位置は、五例ともに最奥壁すなわち西壁の中央である。その西壁には、上辺と下辺にバルコニーと奏楽天と薬叉が配され、白衣仏の周りは千仏がとり囲むのみで、仏説法図や仏伝図等は描かれていない。つまり、白衣仏図は窟内の最奥壁に、いわば単独に描かれているのである。


■ 白衣仏と観仏

 白衣仏は観仏の対象としての意義をもっていたと思われる。禅観の「禅」とは意識を一つに集中して心の統一と安定を得ること、「観」とは観想、すなわち禅の境地の内に、ある対象をつまびらかに思念・観念することである。この観想の対象がほとけであるとき、これを「観仏」といい、さらにその前段階として、仏の形姿を造形化した仏像を仔細に観察する「観像」がある。

 しかし、経典の中にこの白衣仏に直接触れたものがない。依然として謎である。

参照・引用
・浜田瑞美 「敦煌莫高窟の白衣仏について」
 毎日新聞社 『仏教芸術』 267号(2003年3月号)所収