200-25-18 薬師寺と法相宗

25-18 薬師寺法相宗

2006/3/11(土)


 以前、このブログで薬師寺法相宗のことを書いた(”○No.12 薬師寺三蔵法師玄奘”を見てください)。ちなみに、「No.」の前についている、○、□、@などは、書庫の区別を解りやすくするための記号です。□は「敦煌紀行」 、 ○は「仏教と日本文化」、@は「庭の管理日記」です。☆、◎、&も準備していますが、公開はもう少し待ってください。

 ”□No.43 バーミアンの緑”を書くために、薬師寺の安田暎胤師のことを調べていて思わぬ発見をした。安田暎胤師は高田好胤師の直後に管主になられたかと思っていたら、そうではなかった。平成10年から平成15年は、松久保秀胤師であったことがわかった。薬師寺のWebサイトに「歴代管主紹介」というコーナーがあって、そこに詳しく書かれている。

 松久保秀胤師の紹介文には、「管主退任後は薬師寺の根本教学法相唯識を普及し、各地で講義を続ける」と書いてある。松久保秀胤師のことは今回初めて知った。高田好胤氏の話も、安田暎胤師の話も何度か聞く機会があった。しかし、「法相宗」や「唯識」という言葉は出てこなかったように思う。薬師寺法相宗はどうなっているのだろうか、というのが長い間の疑問であった。松久保秀胤師の紹介文はこの疑問に答えてくれるものであった。

 松久保秀胤師のインタビュー記事を見つけることができた。聞き手は、菅原研究所所長の菅原明子さんで、長時間の話がしっかり記録されている。
 http://www.suga.gr.jp/haru/meh/0106/index.html

 メインテーマのところを斜め読みしていったら、次のような文章に出会った。以下は引用である。なかなか面白い。

菅原 後半の部分で阿頼耶識の話と女性との関係をですね、何か先ほど伺いましたら、いろいろあるそうですのでね・・・。
松久保 いやいや、ちょっと待ってください。阿頼耶識と女性の関係って、人間としては一緒ですよ。
菅原 でもさっき、楽屋の裏では、ちょっと違う話を聞いたような気がいたしましたが。
松久保 (笑い)そんな、始めから楽屋話したら困りますな。
菅原 何か、やはり、女子と小人じゃないけれども、女の人の阿頼耶識は深すぎて、なかなか、割と過去のことをずーっとクンジュウ(薫習)しといてですね、更年期にバーンと出して、それで何か、ご主人と別れる人が多いのは、それは阿頼耶識のせいだとかいう話でしたよね。
松久保 それは、私から言ったんじゃございませんよ。貴方からおっしゃったんですよ。
菅原 いえいえ、家庭裁判所の調停員をやっていると、75パーセントは女性からの離婚で、それが阿頼耶識の過去のドロドロしたものが、一時は出てこないけど、何年か、何十年かした後でボンと出てきて離婚されるのは、阿頼耶識、末那識というふうな・・・そうなんですか?
松久保 はい。それはね、ちょっと誤解を招く可能性もありますんでね、その前の話を一遍ここでしておきますがね。